生命「音」科学:バーニー・クラウスのサウンドスケープ研究

生命「音」科学:バーニー・クラウスのサウンドスケープ研究

生命「音」科学:バーニー・クラウスのサウンドスケープ研究

レイチェル・カーソンの『沈黙の春 (Silent Spring)』という本を知っているだろうか。農薬の危険性について警鐘を鳴らし、日常的に使用されている化学物質の環境への重大な影響を指摘した一冊である。1962年に出版された本書は、70年代にかけて世界的に読まれ、今日まで続く食の安全や無農薬・有機栽培を求める動きを強く後押しするものともなった。

 

この本は、その内容もさることながら、題名の付け方が秀逸である。もしこの本が、『農薬の恐怖』や、『脱農薬のすすめ』などというタイトルであれば、これほどまでにセンセーショナルな取り上げ方はされなかっただろう。「暗い春」や「灰色の春」などの視覚情報ではなく、「沈黙」という、音から描かれる環境の変化のイメージは、非常に強いインパクトを与えるものだ。カーソンの言葉から一節を引こう。

 

 春がきたが、沈黙の春だった。いつもだったら、コマドリ、スグロマネシツグミ、ハト、カケス、ミソサザイの鳴き声で春の夜は明ける。そのほかいろんな鳥の鳴き声がひびきわたる。だが、いまはもの音一つしない。野原、森、沼地――みな黙りこくっている。
(レイチェル・カーソン『沈黙の春』青樹簗一訳、新潮社、1974年、12頁)

 

さて、カーソンの原書が出てから半世紀以上。先日、ナショナル・ジオグラフィックのインタビュー記事で、こんなものがでていた。

Listen: Nature Is Quieter Than Ever Before
We’re muffling wild voices—from bird songs to wolf howls to insect footsteps, scientist claims.

 

「耳を傾けよう:静けさを増した自然界」と銘打たれた記事タイトルは、『沈黙の春』を想起させる。タイトルの下には、東京の高層ビルの写真。キャプションには、「東京の高層ビルをかすめ飛ぶハト。人間による環境の変化が、自然界の音を沈黙させる」とある。まさにカーソンの書いたような話だ。

この記事は、自然界の音の景観、サウンドスケープを研究しているバーニー・クラウス(Bernie Krause)へのインタビューをまとめたものである。「自然界のサウンドスケープ」と書いたが、英語ではSoundscape ecologyという言葉がある。和訳すれば「環境音景学」とでもなろうか。彼が録音を開始したのは60年代後半。カーソンがもっともよく読まれた時代であった。

 

クラウスは世界中の自然の音をのべ5,000時間以上録音し、15,000種類以上の生命音を分類しているという。クラウスの主張によれば、サウンドスケープには3つの種類がある。一つ目は、「大地響 “Gophony”」だ。大地讃頌を思わせる訳語を充ててみたが、まさに大地の音である。二つ目は、「生命響 “Biophony”」。生物の生み出す響きである。そして三つ目が、「人類響 “Anthrophony”」、あらゆる人間活動によって生み出される響き。

さて、これらの区分は、耳で聞くことでより具体的に理解できるだろう。もし耳が聞こえない場合でも、クラウスはスペクトログラムを示して客観的な指標としているので、彼が何を言わんとしているかはわかるはずだ。

幸いクラウスの調査研究の成果については、日本語でもいくつか公開されているものがある。そこで、以下にいくつか紹介していきたい。

 

自然界からの声」:冒頭に貼り付けたものがこれだ。2013年のTED Talk。自身で録音した自然界の音とともに語るクラウス。スペクトログラムも合わせた解説がある。内容がナショジオのインタビューとだいたい同じで、こちらは日本語の字幕がある。ナショジオの記事よりこっちを見たほうが理解が早いかもしれない。

サウンドスケープ:音による自然学」:こちらはWIREDの記事。英語版からの抄訳であるが、いろいろな種類のサウンドスケープを聴くことができる。さながら「自然音の図鑑」といった具合だ。一つ一つ聞いていくと、案外に音というものが多様であることに気付かされる。

野生のオーケストラが聴こえる』:みすず書房から出ているクラウスの翻訳書にひもづけられたサイト。例としていくつかの自然音サンプルが掲載されているほか、書評や関連のプレゼンテーションへのリンクがあり、クラウス関連の情報がまとまっている。

Bernie Krause“:英語、フランス語、ドイツ語、それにエストニア語では、wikipediaに記事が載っている。英語版で詳細な来歴が書かれているが、彼はもともとはギタリストなどをやっていたとのこと。そのあと電子音楽の世界に踏み入れ、サウンドスケープに関することを始めたのは60年代も後半に入ってからだという。彼はオハイオのシンシナティ大学で生物音響学(Bioacoustics)のPh.D.をとっているが、この分野は日本ではあまり知られていないようだから、だれか暇な大学院生や音楽家は研究してみては。

 

クラウスは、メールによって行われた前述のナショナル・ジオグラフィックとのインタビューのなかで、人の手が入っていなかった自然の音と、人が入り、生活を始めたあとの同じ地点での音を比較し、どれほど音が「減って」しまったかを可視化されたデータに基づき如実に示している。彼のアプローチは、一種の、かつ根本的な、生命へのアプローチである。生物は目に見えるものだけではなく、聞こえるものであるし、場合によっては嗅ぐものであったり触れるものでもあるのであるが、時として(特に研究室の中では)生物のもつそのような多様な側面は忘れられがちである。

 

さて、もしここまで、リンクをたどりながらバーニー・クラウスの集めた音に耳を傾け、それによって明らかになるさまざまな自然の表情に思いを巡らせ、耳が敏感になったあなたには、きっと聞こえるようになっているはずである。この記事を読む前にはこれっぽっちも気にしていなかった、あなたのいまいる場所に聞こえてくる、生物や大地が奏でるシンフォニーが。

 

Writer:げ

 

* * *

 

これを書いた後に思い出したのだが、「サウンドスケープ」という言葉になんか聞き馴染みがあると思ったら、僕がよく聞いているJ-waveのキャッチフレーズが”Soundscape and Imagination”だった。”Soundscape of Tokyo”という言葉も使ってた気がする。ラジオ、たまには聞いてみようかなぁ。

 

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