2015年のノーベル生理学・医学賞発表!大村さん以外の二人はどんな人?

2015年のノーベル生理学・医学賞発表!大村さん以外の二人はどんな人?

2015年のノーベル生理学・医学賞発表!大村さん以外の二人はどんな人?

屠呦呦氏の、ベトナム戦争を背景に漢方書から薬を開発した話へのショートカットは→こちら

 

このブログも、バイオ系のブログである以上、今回のノーベル賞のニュースは取り上げなければいけないと思いました。思ったんですが、大村さんについてはいろいろなニュースで語り尽くされているし、もうこのブログで論じるのも何かなぁと。なんか頑張って書こうと思ったんですが、この団体の最下層民としてブログを書かされている僕は歴史学徒であって、あまり専門的な話や内輪の面白い話とかもわかりません。

 

唯一あったのは冒頭の写真で、これは僕がストックホルムに行った時に撮った写真です。ノーベル賞といえばストックホルムかな、と。

 

この時は、ヨーテボリというスウェーデン第二の都市で開催された一週間の学生向けプログラムに参加し、その後デンマークのコペンハーゲンを数日観光したあとにストックホルムへ戻ってきたのですが、コペンハーゲンから来るときに、途中のルンドからストックホルムまで夜行列車に乗ったんですね。それが寝台じゃなくて座席車だったんですよ。しかも、日本の特急みたいに綺麗でふかふかなシートのやつじゃなくて、これ二次大戦の頃からあるんじゃないの?ってぐらいぼろっちい客車で、椅子は硬いし向かい合わせだし、もうほとんど眠りにおちることなくストックホルムまで来たんですよね。で、ストックホルムでは本当にもう眠かった。

 

とりあえず有名な市庁舎を眺めて、そのあとジブリの「魔女の宅急便」の参考にされたというガムラ・スタンっていう島みたいなのがあるんですが、そこを横切って、それで反対側の陸に上がったところのマックでバーガーを食って居眠りしてたんですが、せっかくストックホルムに来たのにこれではまずいと思って外に出て撮った写真がこれです。この後雨が降ってきたり僕の体力が限界に達したりして、ほかにはほとんど写真がないんですね。でもいい思い出です。もう一度行きたいなぁ。

 

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話がそれました。写真の話以外になにか今回のノーベル賞でなにかネタがないかな・・・と調べていたところ、大村さん以外の受賞者についてのニュースがほとんど日本語になっていないということに気づいたので、ちょっとこれを紹介しようかなと思います。今回、三人受賞したんですよね。今回のノーベル生理学・医学賞について、ノーベルメディアから出ているリリースは以下のとおり(PDF)

http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2015/press.pdf

 

今回の受賞者は2団体3名ということです。

ウィリアム・C・キャンベルと大村智は、「線虫の寄生によって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見」によって受賞しました。それからもう一人の屠呦呦は「マラリアによって引き起こされる感染症に対する新たな治療法に関する発見」による受賞です。

 

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キャンベル氏はアイルランド出身。ウィスコンシン大学でPhDを取得し、米国メルク・アンド・カンパニー社で研究に従事。2002年にアメリカ科学アカデミーの会員に。今回の受賞に結びついた研究は、このメルク社で行われたものです。キャンベル氏は、大村氏から培養されたストレプトマイセス属の菌を受け取り、有効性を検証。そこから有効な生物活性物質エバーメクチンを精製し、それをもとにイベルメクチンを開発しました。この薬はフィラリアを退治し、動物にも人間にも有効で、糸状虫フィラリアによる感染症であるリンパ管フィラリア症や河川盲目症の病原に作用します。

 

キャンベル氏についての詳しい話は、内外の情報を漁ってもあまり出てきませんでした。エバーメクチンについて大村氏自身が詳しく語っている講演録があったので、参考までに貼っておきます。
公益財団法人 日本感染症医薬品協会 第12回 マクロライド新作用研究会のうち、エバーメクチンの発現とその後の展開(PDF)

 

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マラリアの治療法によって受賞した屠呦呦(トゥ・ユーユー / Tu Youyou)氏は中国出身。呦呦という名前は『詩経』の「呦呦鹿鸣,食野之苹(ゆうゆうとして鹿の鳴くあり、野のよもぎを食らう)」から採られたといいます。インテリ家庭の出身だったのでしょう。ちなみに明治日本の一つの象徴である「鹿鳴館」の「鹿鳴」も、同じ部分(鹿鸣)からの引用です。

 

この人のwikiは多くの言語で書かれていますが、英語と中国語で書いてあることが違ったりして興味深いです。日本語でも書かれて欲しいと思いますが、僕のやっている歴史系も含め、学術系の項目については中韓露、あるいは仏独語などがあって日本語にだけはないという項目が多く、日本語のwikipediaは学術系の項目が非常に少ないという特徴があるように思えます。

 

さて、屠氏のwikiはなぜ英語と中国語のwikiで書いてあることが違うのでしょうか。それは、彼女が文化大革命を女性の科学者としてくぐり抜けてきた猛者だから。中国語のwikiには、そのエピソードがごっそり抜けているのです。しかし、このエピソードこそ面白いので、ぜひここで紹介したいと思います。

 

屠氏はおそらく裕福な家の生まれであっただろうし、知識人でした。そのことは、彼女の人生を厳しいものにしたであろうと推測されます。その理由は、毛沢東思想下にあった当時の差別思想。当時、「黑五类」という言葉がありました。日本語で書くと「黒五類」。地主、富農、反革命勢力、テロリスト、右派という5種類の人々を、差別されるべき悪人として表した言葉です。これだけでも相当なものですが、後には五類が七類になり八類になり、最後には「黑九类」にまで広がりました。先の5つに加え、裏切り者・スパイ・資本主義者・知識人という4つのカテゴリが加えられたのです。屠氏はもちろん知識人であったから、共産党から人非人扱いされただろう・・・とおもいきや、そうはならなかったのです。

 

少し昔の話から始めましょう。屠氏が生まれたのは1930年。浙江省の出身です。この地は1937年から45年の間、帝国日本とその傀儡政権であった汪兆銘政権下に置かれましたが、実際は行政組織の変更程度で、大きな混乱はなかったようです。1945年に日本が撤退したあとは、1949年に共産党が国民党を台湾に追いやって国土を共産化し、中国全体が中華人民共和国として再出発しました。

 

1949年以降、建国間もない中国は、周辺国の共産化とアメリカの影響力の排除を目指して朝鮮戦争への派兵を行っていました。そして無事、北朝鮮は中国・ソ連など東側諸国と呼ばれる勢力下に置かれることとなります。朝鮮半島においては、中国国境までアメリカの影響が及ぶことは避けられたのです。

 

中国は、同じ理由でベトナムを支援します。南側の国境から、アメリカなど西側諸国の影響を遠ざけようという目論見がありました。中国はベトナムのフランスからの独立運動を支援しつつ共産化し、ソ連を巻き込んで北ベトナム(ベトナム民主共和国)の独立を国際社会に認めさせます。1954年のことでした。一時は停戦への動きもありましたが、その後も対立と武力衝突は続き、1965年には北爆(アメリカ軍による北ベトナム爆撃)が開始されます。

 

ベトナムは、南ベトナムを支援するアメリカと、対立する北ベトナムを支援するソ連・中国、という構図で、全面的な代理戦争へと突入します。そこで、北ベトナムを支援していた中国は3つの敵に悩まされることとなりました。一つはもちろん、南ベトナム兵です。そして二つ目が、次々と派兵されるアメリカ軍と韓国軍。しかし、それだけではありませんでした。もう一つ強力な敵がいたのです。それがマラリアでした。

 

マラリアは、ベトナムにおける兵の死亡原因のトップ3のうちの一つであり、しかも敵にダメージを与えることなく兵力を損ねるものとして大問題でした。1967年から1970年にかけて、ベトナムに派兵された中国軍の数十万人がマラリアに罹患していたといいます。そこで立ち上がったのが、中国軍の秘密作戦“523”项目(Project 523)です。時まさに1967年。学生運動が盛り上がる前夜、ベトナム反戦運動が立ち上がる数年前のことであり、あと4年すればジョン・レノンがイマジンを歌って反戦を呼びかけることとなりますが、この頃はまだ残虐な戦争が止めどなく遂行されていた時期です。戦争の指揮者にとって、戦える人材を無駄に死なせないことは、戦争に負けないための最低条件でした。

 

このプロジェクトに携わったのが、屠呦呦でした。国外ではベトナム戦争において高度な科学と技術が必要とされていましたが、国内では文化大革命により1979年まで大学院すら存在しない状況でした。前述のとおり、知識人であるだけで批判される環境にあったわけです。しかし彼女は、このプロジェクトのおかげで存分に研究を行うことができました。Project 523は屠氏を含む500人以上の研究者を国内から集め、集中的に抗マラリア研究を行いました。その研究のアプローチは化学的方法論のみならず、漢方に基づく方法も採用されました。

 

屠氏のチームは漢方の文献からマラリアに関係がありそうな事例2000件について大規模なスクリーニングを行い、ヨモギの仲間であるクソニンジンがマラリアに効果的ではないかという結論を得ました。さらに漢方の文献を精査していく中で、クソニンジンからマラリアに効果的な成分であるアーテミシニンを抽出する方法を開発、新薬の開発にこぎつけたのです。まさに漢方書によって、最初の一歩が踏み出されたのです。今ではアーテミシニンを活用した抗マラリア薬が普及しています。

 

Project 523は、公式には1981年に終了しています。ベトナム戦争は1975年に一応の終結を見ました。1991年にソ連が崩壊し、1995年にはベトナムとアメリカの間で国交が樹立。そして、マラリアは予防可能かつ治療可能な病気となりました。今回のノーベル賞のリリースの中に、屠氏の研究を図解するイメージが載っています。図の半分は、漢字が並んだ漢方書。まさに温故知新です。最新のバイオテクノロジーが、歴史書から生み出されることもある、ということの証左です。

 

翻れば、西洋医学にも中世からの積み重ねがあり、医療史という分野は確固たる地位を占めています。日本にも医学書はたくさんありますが、果たしてどれほど活用されているのでしょうか。バイオテクノロジーを量質ともに厚くしていこうと思えば、過去の蓄積も存分に活用することが望ましいと思うのです。今度のバイオイベントは「明治時代のカルテを読む」とかやりましょうかねぇ。(うちの大学院で医療社会史研究しているS先生のパクリですが笑)

 

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Writer: げ

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