紅葉の錦 柿のまにまに:奈良の柿の紅葉の話

紅葉の錦 柿のまにまに:奈良の柿の紅葉の話

紅葉の錦 柿のまにまに:奈良の柿の紅葉の話

Photo: ai3310X

 

百人一首のうち秋の情景を詠んだものに、「このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦 神のまにまに」という一句がある。かの菅原道真公が詠んだものだ。道真という名前を聞いてピンと来ない人でも、京都の北野天満宮に祀られている学問の神様だ、といえばイメージが湧くのではないだろうか。この句は奈良の紅葉を詠んだもので、「お供え物の用意もないまま手向山へやってまいりましたが、錦(高級織物)のように鮮やかで美しい紅葉を、神への供え物として存分に受け取ってください」という意味である。

 

そう、秋といえば紅葉の季節だ。赤黄に彩られる山々を思い浮かべるだけで、旅情がそそられる。それに、僕は先日うっかり御茶ノ水のニッピンで新しい山靴を買ってしまったから、紅葉でも見に行かねばと思っている。しかし、紅葉は眺められることだけに価値があるわけではない。例えば、紅葉した葉っぱ、特に柿の葉なんかは、高級な日本料理の添え物としてよく出てくる。鮮やかな紅に色づいた柿の葉は、料理の見た目も味も引き立てるから、ツマモノとしてあちこちで活躍している。食卓にも紅葉を、というわけだ。

 

しかし、いくら高級なツマであっても、所詮は枯れ葉一歩手前の葉っぱである。これを工場で作り出すわけにはいかない。また、かなり鮮度がシビアなナマモノであるから、海外で作って輸入するというわけにもいかない。茶葉と一緒で、木にぶら下がっているものを取ってくるしかない。しかも、赤く紅葉していたら、それは枯れ葉のようなものであるから、取ったあとに長持ちしない。

 

そこで、バイオテクノロジーの登場である。今回は、柿の葉っぱに関するテクノロジーを紹介したい。

 

* * *

 

食卓に乗る紅葉というのには、もちろんもみじなんかもある。しかし、もっともよく使われるのは、肉厚でしっかりしていて、かつ発色も良い柿の葉っぱである。

 

奈良県には、農業研究開発センターの中に果樹・薬草研究センターというのがあって、果樹および薬用作物の栽培についての研究を行っている。しかもなんと、「柿博物館」というのが併設されているそうだから、柿研究への力の入れようには驚くばかりだ。そこで、「柿紅葉の安定生産技術の開発」というのが行われている。いろいろな品種・気温・肥培条件を試行し、もっとも柿の葉が綺麗に色づく方法論を探るというものである。この研究開発によって、どのような成果があったのだろうか。

 

通常の露地栽培ですと、美しく色づいたように見える樹でも、販売可能なレベルの紅葉は、全体の 20 ~ 30%しか 、得られません。これに対し、紅葉専用品種を用い雨よけハウスで秋冷期の霜を防いで養水分管理を 行いますと、樹全体の 70%を超える葉が美しく 紅葉し、果実に匹敵する収益を上げるのも不可能ではないことがわかりました。

 

 

一本の柿の木から取れる販売可能な葉っぱが倍以上になった、場合によっては3倍以上になったというわけだ。これは相当な研究成果である。

 

また、この奈良県の研究センターは、農研機構果樹研究所ブドウ・カキ研究拠点とも協力して柿紅葉研究を行っている。農研機構とは、食料・農業・農村に関する研究開発などを総合的に行う日本最大の国立研究機関だ。

 

農研機構の「高商品性ブドウ・カキ品種の育成と省力生産技術の開発」という研究の成果の一つとして生まれたのは、新しい紅葉専用の柿品種である。従来、ツマによく使われていた柿の品種には「丹麗」と「錦繍」という二種類があった。いずれも紅葉専用の品種である。しかし、一つ二つの品種だけでは、特定の時期にしか葉っぱが取れない。そこで、その二品種が色づく時期とはやや違う時期に綺麗に色づく柿の新品種の開発を行ったのである。この研究によって、「朱雀錦」という品種が開発され、従来より遅い11月後半期に採葉が可能となった。より長い期間、僕らは美しい柿の葉が添えられた高級日本料理を楽しめるというわけである。

 

そもそも、なんで奈良県でこのような柿の葉研究が盛んなのだろうか。2009年の『奈良県農業研究開発センター研究報告』に、「奈良県におけるカキ葉生産及び利用の現状と課題」という研究報告が載っている。それによれば、

奈良県では伝統ある郷土食として「柿の葉寿司」があり、カキ生産者によって「柿の葉寿司」用のカキ葉が生産されている。奈良県の五條・吉野地域のカキ生産者の23%がカキ葉を「柿の葉寿司」用に採取、販売している。年間に30万枚を出荷する経営体もある。

とのこと。キーワードは「柿の葉寿司」だ。

 

奈良の名産品に、「柿の葉寿司」というのがある。奈良だけでなく、和歌山や石川県の名産でもあるらしい。奈良県における柿の葉寿司は、その名の通り柿の葉で巻いた寿司であり、さぞ美味しいとのことである。(僕はまだ食べたことがないから、もし機会があればぜひ僕にクール便で送って欲しい。)

 

柿の葉の需要があり、柿の葉生産者がたくさんいるから、柿の葉研究も進んだということのようだ。2012年の奈良県農業共済新聞の記事「発色が美しい柿の葉生産を」によれば、「柿の葉寿司が商品化され流通するようになったころから、寿司を包むために必要な量の葉を国内で確保することが難しくなった。また、紅葉した柿の葉は、保存が利かないという問題点があった。」ということで研究が始まったらしい。いまでは、紅葉した柿の葉を一年以上保存する方法なども開発されているそうだ。

 

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「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」(正岡子規)とか、柿にまつわる文学作品も少なくない。子規は最近の人だけれども、それだけ柿が日本の文化に長いこと根ざしていたということだ。ただ、長いこと日本の秋の文化に根ざしているのは、柿や紅葉だけではない。百人一首には「寂しさに 宿を立ち出でて眺むれば いづこも同じ秋の夕暮れ」(良暹法師)などという句もある。秋の黄昏に感じる寂しさもまた、平安時代から共有されている文化なのだ。そこで、今後は是非とも、秋になると僕に寄り添って寂しさを紛らわせてくれるような柿の品種の開発が求められているといえよう。

 

Writer: げ

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